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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)236号 判決 1992年2月04日

イギリス国イングランド ハートフオードシヤー ウエリン ガーデン シテイ マンデルス

原告

スミス クライン アンド フレンチ ラボラトリース リミテツド

右代表者取締役

フイリツプ グリン ハウス

右訴訟代理人弁護士

久保田穰

増井和夫

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 深沢亘

右指定代理人通商産業技官

日野あけみ

真寿田順啓

加藤公清

同通商産業事務官

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が平成一年審判第二〇〇一三号事件について平成二年四月二七日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文第一、二項と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、一九七六年九月二一日及び一九七七年一月二四日の英国における特許出願に基づく優先権を主張して、昭和五二年九月一六日、発明の名称を「複素環式化合物の 規多形体」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和五二年特許願第一一二〇九三号)をし、昭和五九年七月三一日、発明の名称を「サイメチジンAを含有する医薬組成物」と変更し、昭和六二年五月二〇日、同年特許出願公告第二二九六七号として出願公告がされたが、特許異議の申立てがされ、平成元年六月二七日、拒絶査定があつた。そこで、原告は、同年一二月一一日、審判を請求し、平成一年審判第二〇〇一三号事件として審理されたが、平成二年四月二七日、「本件審判の請求は、成り立たない。」とする審決(原告のため出訴期間として九〇日が附加された。)があり、その謄本は同年七月二三日、原告に送達された。

二  本願発明の要旨

一四〇〇及び一三八五cm-1に、非常に強い、広いピーク、一二〇五cm-1に中程度の鋭いピークを有し、かつ、一一八〇cm-1にピークのない赤外スベクトル(一パーセントKBrジスク)を有する、結晶学上、実質的に純粋なN-メチル-N'-シアノ-N"-〔2-((5-メチル-4-イミダゾリル)メチルチオ)エチル〕グアニジンの多形体(サイメチジンA)及び医薬上許容される担体又は希釈剤からなることを特徴とするヒスタミンH2-受容体拮抗剤医薬組成物

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2  昭和四九年特許出願公開第七五五七四号公報(以下「引用例」という。)には、

一般式

<省略>

(式中R1は水素又は低級アルキル基であり、R2はHet-(CH2)mZ(CH2)n-基であり、Hetはアルキル等で置換されてもよいイミダゾール等の異項環基であり、Zは硫黄、酸素、NH又はメチレンであり、m及びnはそれぞれ○ないし四であつて合計二ないし四の整数である。)で表される化合物がヒスタミンのH2-受容体を阻止する作用を持つ旨記載され、とくに有用な化合物としてN-シアノ-N'-メチル-N"-〔2-((4-メチル-5-イミダゾリル)メチルチオ)エチル〕グアニジン(別名サイメチジン)があげられ、実施例1にその製造方法が四種((a)ないし(d))示され、(a)の方法ではアセトニトリルーエーテルから再結晶させて融点一四一ないし一四二℃の結晶を、(b)の方法ではアセトニトリルから再結晶させて融点一三九ないし一四一℃の結晶を、(c)の方法ではイソプロピルアルコールー石油エーテルから二回再結晶させて融点一四一ないし一四三℃の結晶を、(d)の方法ではイソプロピルアルコールーエーテルから再結晶させて融点一三九ないし一四〇℃の結晶を得ている。

本願発明と引用例記載の発明を対比して検討すると、両者は、いずれもサイメチジンをヒスタミンH2-受容体拮抗剤として使用する技術である点で一致する。

ただ、本願発明においては、使用するサイメチジンについて、赤外吸収スペクトルを特定し、その結晶形をA型に特定するのに対して、引用例記載の発明のサイメチジン結晶は赤外吸収スペクトルが示されてなく、融点により同定されている。

このように、両者のサイメチジン結晶は、それぞれ別種の物性により同定されているため、直接対比してその異同を検討することができない。

そこで、両者のサイメチジン結晶をその取得方法により対比検討すると、本願発明の明細書(以下「本願明細書」という。)には、サイメチジン結晶Aは、溶媒を正しく選択し、冷却速度を注意深く調節し、攪拌を注意深く調節することにより、再現性よく形成される旨記載されており、具体的には、溶媒としてアセトニトリル、イソプロパノール(イソプロピルアルコールに同じ。)等を用い、効率よい伝熱をはかるため充分攪拌しながら一〇ないし六〇℃/時間の速度で冷却する旨記載されている。

これに対して、引用例記載の発明のサイメチジン結晶取得方法は、前記のとおりであり、再結晶溶媒については本願発明の場合と変わるところがなく、また、晶出操作については、特に明記されていないところからみて、慣用の晶出操作によるものと解されるところ、本願明細書に記載された、充分に攪拌しながら一〇ないし六〇℃/時間の速度で冷却するという操作は、慣用の晶出操作にほかならないものであるから、晶出操作においても両者は異なるところはないというべきである。

してみると、両者は、サイメチジンの結晶の取得方法において異なるところはないのであるから、用いるサイメチジン結晶が異なるということはできない。

したがつて、本願発明は、引用例記載の発明と同一というべきであるから、特許法第二九条第一項第三号に該当し、特許を受けることができない。

三  審決の取消事由

本願明細書及び引用例に審決認定の記載があること、本願発明と引用例記載の発明とに審決認定の一致点及び相違点があることは認めるが、本願発明の結晶取得方法と引用例記載の発明の結晶取得方法とで異なるところはないとの認定は争う。

審決は、本願発明の晶出操作と引用例記載の発明の晶出操作とが同一であると誤つて認定し、もつて、本願発明の結晶取得方法と引用例記載の発明の結晶取得方法とは同一であり、得られるサイメチジンの結晶形も同一であるとして、本願発明は引用例記載の発明と同一であると誤つて判断したもので、違法であるから、取消しを免れない。

1  引用例記載の発明は、胃潰瘍、一二指腸潰瘍等の消化性潰瘍に極めてすぐれた治療効果を有する医薬品であるサイメチジンという化合物の製造方法の発明であるが、本願発明は、その実際の利用につき研究する過程において、サイメチジンが、結晶生成条件によりいくつかの異なる結晶形をとること(多形)を見出し、かつ、その中で、本願発明において特定したA形の結晶が、サイメチジンを医薬品として使用する場合に特に優れた性質を有することを見出したことにより成立したものである。

本願明細書にはサイメチジンの多形体は少なくとも三つあると記載(出願公告公報(以下「公報」という。)第三欄第二五行、第二六行)されているが、このA形ないしC形のほか、出願後にはD形(Z形ともいう。)あるいは更に多くの多形体のものが存在するらしいことが判明している。

甲第四号証及び第五号証の写真から分かるように、A形は粒条(角柱あるいは直方体)の比較的きれいな結晶である。B形は一つ一つが糸状の結晶で、集合体としては線状になる。このため、A形は溶剤から分離し易く、B形はなかなか溶剤と分離しない。したがつて、錠剤にするとき、A形は細粒化し易く、B形はそれがしにくい。また、A形の粉末はさらさらしていて製剤中の工程間で移動させることが容易であるが、B形は砕いてもなお凝集するので、それが難しい。更に、A形はコンバクトであつて、同じ重量でもかさばらないので、小型で服用し易い錠剤にすることができる。また、A形は水に対する溶解性が高いので、服用した場合、血中濃度が速やかに高まり、効き目が遠いという効果がある。

C形にはB形とほぼ同様の難点がある。

以上の観点から、原告は、A形のサイメチジンのみを作つて使用するのがサイメチジンの製剤化に最適であることを見出し、かつ純粋なA形結晶を得るための結晶化条件を検討して本願発明を完成したものである。

2  これに対し、審決は、本願発明は、引用例記載の発明と同一であるので、特許法第二九条第一項第三号により特許が認められないとしたが、これは、本願発明は、引用例に記載されていて新規性がないとしたものと理解する。

審決の唯一の論拠は、引用例記載の発明の結晶取得方法と本願発明の結晶取得方法とは同一であるから、引用例記載の発明においてもA形のサイメチジンが得られていたとするものである。

本願発明の結晶取得方法は、本願明細書(公報第五欄第三一行ないし第六欄第五行)に記載されているとおり、結晶化用の溶媒を正しく選択し、結晶化の直前及び結晶化中の溶媒の冷却速度及び溶媒の攪拌を注意深く調節することにより、再現性よく形成するもので、具体的には、溶媒としてアセトニトリル、イソプロパノール(イソプロビルアルコールに同じ)等を用い、効率よい伝熱を図るため充分攪拌しながら一〇ないし六〇℃/時間の速度で冷却するものである。

一方、引用例には晶出操作については一切説明がなく、実施例にも記載はない。

審決は、これについて、引用例に晶出操作について記載がない以上、これは慣用の晶出操作によるものと解され、本願発明の攪拌しながら一〇ないし六〇℃/時間の速度で冷却するという晶出操作も慣用の晶出操作であるから、両発明の晶出操作は同一であるとするものである。

引用例に晶出操作が記載されていない以上、引用例記載の発明の権利の範囲として慣用の晶出操作を用いるすべての方法を含むということにはなり、また、不願発明の晶出操作が慣用の晶出操作であるということも敢えて否定はしないが(ただし、当業者が、結晶取得に際し、先ず最初に試みるというやり方ではない。)、だからといつて、引用例記載の発明の晶出操作と本願発明の晶出操作とが同一であるということにはならない。

そもそも、引用例記載の発明の出願当時、サイメチジンが多形であるとの認識はなかつたのであるから、そのうちある特定の結晶形を得るにはどういう晶出操作をすべきかという問題意識はなく、したがつて、引用例には本願発明のような特定の晶出操作の記載はないのである。

したがつて、本願発明の晶出操作が引用例記載の発明の晶出操作と同一であるといえるはずがない。慣用の晶出操作はいくつもあるものであり、本願発明の晶出操作が慣用の晶出操作の一つだからといつて、引用例記載の発明において具体的に採られる晶出操作が本願発明の晶出操作と同じであるということにならないことは明らかである。

したがつて、引用例記載の発明において得られたサイメチジンの結晶がA形であつたということはいえず、引用例にその開示も示唆もないものである。

以上のとおり、審決の論拠はそもそも誤りであるが、更に、引用例の晶出操作は、実際にも本願発明の晶出操作と同じようなものとは考えられない。

この点について、被告は、後日の新しい認識のために同じ物に再度特許を与えることは特許制度の趣旨に合わない旨主張するが、そのような見解は選択発明に関する判例によりとうに斥けられているものである。

引用例においてサイメチジンを得ている実施例は1の(a)ないし(d)であるが、反応のスケールは全く実験室的規模であつて、得られたサイメチジンの量は(c)が八・六g、(d)が二・〇gである。(a)、(b)においては得られたサイメチジンの量の記載はないが、出発原料の量が(a)で一七・〇g、(b)が二・四四gであることからして、いずれも数g程であることは明らかである。

化学者は、この程度の量の再結晶においては、通常小さなガラス容器に目的物の溶液をいれて放置するのであり、何らかの目的意識のないとき、わざわざ攪拌することは考えられない。

したがつて、単に引用例には本願発明のような晶出操作の記載がないというだけではなく、事実としても、そのような晶出操作は行わなかつたものと推測される。

3  以上のとおり、引用例には本願発明のA形のサイメチジンを配合した医薬組成物が得られたとの記載はなく、その示唆すらないのであるから、審決のいう引用例記載の発明と本願発明の晶出操作が同一であつて結晶取得方法が同一であるとの命題が誤つている以上、本願発明は引用例記載の発明と同一であるとはいえないものであり、これを同一であるとした審決の判断は誤りである。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。

1  引用例にサイメチジンが多形であること、引用例の方法により得られるサイメチジンがA形結晶である旨の具体的な記載がないこと及び慣用の晶出操作として本願発明の晶出操作以外のものがあることは認める。

しかし、再結晶においては溶媒の選択が重要であるところ、引用例記載の発明の再結晶溶媒は本願発明のそれと変わるところがなく、更に、引用例には晶出操作について特に記載がないが、当業者は慣用の晶出操作を適宜採用するものであり、当然に慣用の晶出操作によつて結晶を取得することを予定していると解される。特許明細書には、発明を実施する方法は、当業者がその発明を実施しうる程度に記載されていればよいのであつて、慣用手段について記載することを要しないものである。

慣用の晶出操作である、攪拌下、一〇ないし六〇℃/時間の速度で冷却するという晶出操作は、引用例には具体的記載がないだけであつて、その開示はあるといわざるをえない。

したがつて、引用例には、結晶取得方法として本願発明の結晶取得方法と同一のものが開示されており、また、結晶取得方法が同一であれば当然に同一の結晶形のサイメチジンが得られるはずであるから、引用例記載の発明においてもA形のサイメチジンが得られていたということができる。

引用例において用いられていたサイメチジン結晶について多形であることを後に認識した故にサイメチジンのA形結晶を用いた医薬組成物として本願発明に再度特許を与えることは特許制度の主旨に合わないことである。

なお、原告は、実験室的規模で行うときは、わざわざ攪拌することはないから、引用例においては攪拌するという本願発明の晶出操作は行われなかつたであろうと主張する。しかし、実験室的規模でも攪拌することは乙第四号証の二(第二四頁第二〇行ないし第二六行)に記載されているように通常行われることであるから、原告のこの点に関する主張は理由がない。

因みに、乙第一号証(三井石油化学工業株式会社生物工学研究所木原則昭作成の実験報告書)によれば、引用例の実施例1の追試において、本願発明において用いられる慣用の晶出操作である攪拌下、一〇ないし五〇℃/時間の冷却速度で晶出させても、他の慣用の晶出操作である、攪拌下、室温まで放冷という操作によつても、静置して、三〇℃/時間の冷却速度で晶出させても、いずれの場合も、他の結晶形の混在しないA形結晶が得られているし、乙第二号証(東京工業大学理学部教授桑 功作成の鑑定書)によれば、攪拌下室温(三二℃)まで放冷しても、攪拌下一時間放冷後、更に二〇℃水浴中で一時間攪拌するか、一〇℃水浴中で一時間攪拌しても、他の結晶形の混在していないA形結晶が得られている。また、乙第三号証(藤本製薬株式会社研究部栄雅敏外四名作成の引用例の追試実験報告書)によれば、室温まで放置するという他の慣用晶出操作によつて得られたサイメチジンは赤外吸取スペクトルがA形サイメチジンと同一であり、結晶形もプリズム状のものが得られている。

このように、本願発明で用いている慣用の晶出操作によつても、他の慣用の晶出操作によつても、他の結晶形の混在しないA形結晶が得られており、本願発明の目的とする他の結晶形の存在しないA形結晶なるものが特定の慣用の分離手段を採用しなければ得られないものではない。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第一  請求の原困一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

一  成立に争いのない甲第二号証(特許出願公告公報)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、以下のようなものであると認めることができる。

1  技術的課題(目的)

本願発明は実質的に純粋なサイメチジンの新規多形体(サイメチジンA)を含有するヒスタミンH2-受容体を遮断する医薬組成物に関する(公報第一欄第一三行ないし第二欄第三行)。

サイメチジンは、化学名、N-メチル-N'-シアノ-N'-〔2-((5-メチル-4-イミダゾリル)メチルチオ)エチル〕グアニジンの化合物で、ビスタミンH2-受容体拮抗作用を有しており、その有用性は、ブリムブレコムプらの文献(Brlmbcombe et al. J. Med. Research 1975 3 No. 2 86~92)や本発明者らの英国特許明細書第一三三八一六九号及び第一三九七四三六号に詳細に記載されている(同第二欄第四行ないし第一二行)。

本発明者らは、サイメチジンが多くの多形体として存在しうるとの知見を得ており、一方、他の薬剤における研究から、多形は生体内利用率に影響を及ほすことが知られている(同第二欄第一三行ないし第三欄第二行)。

本願発明は、容易に結晶学的に純粋な状態で得られ、水に対する溶解度が他の形態のものより高く、遠心法のような大規模な操作において容易に取り扱うことができる新規多形体のサイメチジンを見出し、これを含有するヒスタミンH2-受容体拮抗剤医薬組成物を提供することを技術的課題(目的)とするものである(同第三欄第三行ないし第一一行、第三三行たいし第四一行)。

2  構成

本願発明は、前項の技術的課題(目的)を達成するために本願発明の要旨(特許請求の範囲)記載の構成を採用した(公報第一欄第二行ないし第一一行)。

3  作用効果

A形サイメチジンは、他の多形体であるB形サイメチジン、C形サイメチジンよりも容易に結晶学的に純粹な状態(他の多形体のものの含有が五%以下、好ましくは、三%以下のものをいう。)で得られ、水に対する溶解度が他の形態のものよりわずかであるが高く、また、ことに遠心法のような大規模な操作において容易に取り扱うことができるという利点があり(公報第三欄第一二行ないし第一五行、第三三行ないし第四一行)、A形サイメチジンと固体の医薬担体又は希釈剤とからなる医薬組成物を混合、顆粒化、打錠を包含する通常の方法、好ましくは初期微粉砕法により製造すれば、その卓越した取扱いやすさを損なうことなく製品の均一性を向上させることができる(同第六欄第二三行、第二四行、第三七行ないし第四一行)。

二  一方、成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、引用例記載の発明は、その名称を「シアノグアニジン類の製法」とする発明(同第一頁左欄第二行、第三行)であることが認められるが、引用例に

一般式

<省略>

(式中R1は水素又は低級アルキル基であり、R2はHet-(CH2)mZ(CH2)n-基であり、Hetはアルキル等で置換されてもよいイミダゾール等の異項環基であり、Zは硫黄、酸素、NH又はメチレンであり、m及びnはそれぞれ〇ないし四であつて合計二ないし四の整数である。)で表される化合物がヒスタミンのH2-受容体を阻止する作用を持つ旨記載され、とくに有用な化合物としてN-シアノーN'-メチルーN"-〔2-((4-メチルー5-イミダゾリル)メチルチオ)エチル〕グアニジン(本願発明にいうサイメチジン)があげられていること、実施例1にその製造方法が四種((a)ないし(d))示され、(a)の方法ではアセトニトリルーエーテルから再結晶させて融点一四一ないし一四二℃の結晶を、(b)の方法ではアセトニトリルから再結晶させて融点一三九ないし一四一℃の結晶を、(c)の方法ではイソプロビルアルコールー石油エーテルから二回再結晶させて融点一四一ないし一四三℃の結晶を、(d)の方法ではイソプロビルアルコールーエーテルから再結晶させて融点一三九ないし一四〇℃の結晶を得た旨記載されているが、再結晶溶媒の攪拌の有無等の晶出操作及びサイメチジンの結晶の形態については記載されていないことは、当事者間に争いがない(なお、前掲甲第三号証によれば、実施例1の(c)の方法で得られた結晶の融点は一四八ないし一五〇℃であることを認あることができるが、この点の相違は、結論に影響を及ほさない。)。

三  審決は、以上の事実から、本願発明と引用例記載の発明のサイメチジン結晶取得方法の異同について検討し、用いる再結晶溶媒については変わりはなく(この点は当事者間に争いがない。)、また、引用例記載の発明の晶出操作は、引用例に記載がないので、慣用の晶出操作によるものであるところ、本願発明の晶出操作も慣用の晶出操作にほかならないから(この点も当事者間に争いはない。)、晶出操作においても両者は変わるところがないとして、結晶取得方法を同一と判断し、もつて、得られるサイメチジンの結晶形は異ならないので、引用例記載の発明においてもA形のサイメチジンは得られていたとして、本願発明は引用例記載の発明と同一であるとするものである。

これに対し、原告は、慣用の晶出操作には本願発明の晶出操作以外にもあるものであり、本願発明の晶出操作と引用例記載の発明の晶出操作とは同一とはいえず、慣用の晶出操作によつて必ずA形のサイメチジンが取得できるものでない以上、引用例にA形のサイメチジンが開示ないし示唆されていることにはならないとして、審決の右判断の誤りを主張する。

四  前述のとおり、引用例には、再結晶溶媒(これは本願発明の溶媒と同一のものである。)の開示はあるが、晶出操作は具体的に記載されておらず、また、得られるサイメチジンの結晶の形態についての記載はない。

しかし、当業者は、引用例記載の発明を実施するについて、慣用の晶出操作を行うものであり、本願発明の晶出操作は、慣用の晶出操作の一つであるから、引用例記載の発明においてA形のサイメチジンAが得られていたことは否定することはできない。

勿論、慣用の晶出操作はいくつもあるものであるから、引用例記載の発明において得られたサイメチジンが全てA形であつたということはできないが、少なくとも本願の晶出操作を採用すればA形のサイメチジンは得られていたものであり、また、先願発明を実施するにつき本願発明の晶出操作を採ることを困難ならしめる事情は窺われず、ただ、その場合、引用例記載の発明者に、得られたサイメチジンの結晶がA形のものであることの認識はなかつたというにすぎないものである。

この点について、原告は、引用例においてサイメチジンを得ている実施例はいずれも実験室的規模であつて、得られたサイメチジンの量は数g程にすぎず、科学者はこのような場合本願発明のような晶出操作は行わなかつたものと推測される旨主張する。

しかしながら、成立に争いのない乙第四号証(末広唯史ほか二名編「現代の有機化学実験」株式会社東京印刷センター昭和四六年一二月五日発行)によれば、有機化学物質の実験において、再結晶を行う場合実験室規模であつても攪拌することは重要な方法であることが本件出願当時周知であつたと認められるから、引用例記載の発明の再結晶操作においては攪拌は行つていないとすることはできない。

したがつて、当業者であれば、引用例を見ることにより、特別の思考を要することなく、慣用の晶出操作を実施することによりA形のサイメチジンを得ることができ、引用例に開示されたサイメチジンに本願発明と同一のA形のサイメチジンを含むことを理解しえたものである。

以上によれば、本願発明は先願発明と同一であつて、引用例、すなわち本件出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載されていた発明であるというべきである。

原告は、後日の新しい認識のために同じ物に再度特許を与えることは特許制度の主旨に合わないという見解は選択発明に関する判例によりとうに斥けられている旨主張する。

本願発明は、一見すると、いわゆる選択発明に類似する。サイメチジンという化学物質(上位概念)の発明が開示されているところにおいて、そのサイメチジンが多形であり、そのうちのA形のもの(下位概念)が製品化するに条件がよいとしてその特許を求めるものであるからである。

化学物質の選択発明の場合は、後行発明が先行発明の一般式で示された上位概念の構成のうち明細書に開示されていないような特定の構成のものを選び出し、それが先行発明の予想しえなかつたような顕著な作用効果を奏するという場合、後行発明を技術的思想において先行発明とは別個のものと認め、先行発明とは別個の発明と評価するものである。

しかし、本件の場合、引用例記載の発明が予定する普通の実施方法を採用することにより本願発明と同一の形態のサイメチジンが得られるのであり、また、本願明細書によつても、A形のサイメチジンと他の形のものとで薬理作用そのものに顕著な差異があるとも認められないのであるから、選択発明の理論をここに適用して、本願発明と引用例記載の発明とを別個の発明と評価することはできないものである。

五  なお、審決は、本願発明と引用例記載の発明とが同一である理由として、本願発明の晶出操作と引用例記載の発明の晶出操作とが同一であるから結晶取得方法が局一であり、したがつて得られたサイメチジンの結晶形態も同一であることを挙げている。

この説示の意味るところは、引用例載の発明の晶出操作、したがつてまた結晶取得方法が本願発明のそれらと完全に一致するというものではなく、引用例記載の発明の晶出操作は本願発明の晶出操作を含み、したがつてまた、引用例記載の発明の結晶取得方法は本願発明の結晶取得方法を含むものであるから、引用例記載の発明を実施することによりA形サイメチジンも得られていたというものであることは明らかである。そして、このことは、当裁判所が説示したところと同趣旨のものであるから、審決のこの理由を誤りとすることはできない。

したがつて、審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

第三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間を定めることについて、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)

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